昭和52年06月23日 上滝家霊祭
おかげを頂きました。不行き届きのことでしたけれども、ほんとに二十五年という長い年月の間で、御霊様が一番喜んで下さっただろうと思われるような、お祭りが今日ここに、こんな形で仕えられたと言う事は、ほんとに有り難いことだと思います。上滝さんが亡くなられて、おくり名をいわゆる御霊様の名前ですね、おくり名を頂きますときに、上滝勇真道分高志根大人霊神、もうこれはお道の教師も相当にお徳を頂いた方でなければ、頂けない様な感じのおくり名ですね。
大人と書いてうしと言いますが、何々うしの御霊というときには、もう教職を頂いた方でしか頂かないお名前です。しかもその真の道分けという、これが神様の願いでもあったろう、また御霊さまの願いでもあったろうとこう思うんですね。今日たまたまほんとにおかげを頂いて、そして昨日お国替えになられたという方のお届けが、ございました。福岡の戎浦さんという奥さんが、看護婦をしておられますから。
病院に勤めておられるところの患者さんで、毎日モルヒネの注射を二本づつも打たなければ、あのそれこそ大変な苦しみという人が、おかげの泉ここから出ておりますご本ですけれども、これは読んで人が助かると言われる、ほんとのおかげの泉、だから看板に偽りがあってはならないから、少なくとも十回は読み返し、読み返し読んで下さいと言う様な扉に私があの書いておりますが、その宮脇さんと申しますが、ご本を読んでもうとにかく感動した。
もう一晩中有り難とうして、有り難とうして眠れなかったという、あくる日からその注射を打たんですむ、それから約十日か十五日後に、退院というおかげを、もうとにかく只々不思議で不思議でたまらない。いわゆる現在合楽で、毎日いま奇跡の連続言われるとおり、おかげを受けておる中の。一人でしたけれども、最近お参りしてこんな、と思っておったら、今日電話でお届けが、こうして亡くなりましたからというお届け。
それでもうとにかく神様のご守護の中に、おかげの中にあると思わずにはおられませんと言う事は、もうその別に肺炎を引き起こして、それがもとで亡くなったというんですけども、とにかくこんなあのお国替えの状態を見た言がないと言う様な、不思議な現象の中に、その安らかに頂いて、医者が只今臨終でございます、と言うてそれから、何分かの後にその親戚の、あの大変身近な方が遅ればせに走ってやってきたんですね。そしてあのお父さんだれだれさんが来ましたよ、というたらまた息を吹き返した。
そしてから物言うて、そのまま眠るように亡くなられた。もう医者もたまがるし周囲のものも、ほんに金光様のおかげじゃろうちゅうてその、まあこれは悲しみの涙よりも、感動の涙だったという電話がかかりました。上滝さんの場合もやっぱり、ほんとにあのような奇跡と今月は、たまたまここから出ております合楽だよりという新聞の、もう奇跡シリーズというのが出ておりますのに。
上滝さん一家が取り上げられて、この頃からあちらに写真を取りに行ったり、又は上滝さんこちらに来てもらって、いわゆる二十五年間の信心をずっと色々聞かせて頂いたんですけれども、ほんとに大変なことだったなあ、と言う事の一語に尽きるようなおかげを頂いて、そして今日この様な子供達もそれぞれに、もうそれこそ見事に成長のおかげを頂き、孫達ももうほんとに一家が、円満と言うだけではなくて、ほんとに女手でようも、ここまでやれたもんだと言う位に、家庭もお家も立派になるし。
お庭も立派になるし、そのうえ家庭も波風立たずにやって行っておると言う事は、もう神様のおかげを頂いておると言わないければおられん、御霊様の働きを思わずにはおられないというような中に、まあ二十五年が経ったわけです。今日丁度お祭りをする二、三十分前に、昨日から北九州で、北九州の幹部信心研修会というのがあってる。ここからも信徒会長とそれから大分支部長の綾部さんと二人で、おかげを頂いておる。
色々研修をして、合楽のお話しをさせて頂いたら、もう結局合楽の話しばっかりに尽きてしもうた。そういう例えばおかげを受けておる教会が、今日本中にあるだろうかと、もうほんとじゃあるだろうかと。とりわけ最近南米に布教しました、ここの私の弟子の中では一番弟子ですが丁度十年間、夫婦で修行させてもろうて、南米に布教いたしました。日本人がたった百軒くらいしかいない、という小さい町なんです。
そこに布教いたしまして、まだ五十日あまりですけども、最後の四十日あまりで、手紙がまああのもう四通か五通か来ておりますが、もうほんとにもうそれこそ、金光教が始まって百十八年、もう前代未聞と言う様なそのおかげが、ビリグイという町で、たっておる。どう言う事かというと、第一ブラジル人がどんどん助かりだした、と言う事。白人がそれから黒人の人たちが、お参りをしてくると言う事。
もちろん日系の人たちも、これはもうほんとにすぐ近所に、天理教の南米本部というのがあって、ちょうど今年が五十年になるそうですけども、日本人の対象として、まだ南米の人が助かるちゅうのは、一人もないという話を聞いたことを手紙に書いておりましたが、もうとにかくどんなに考えても、まあ奇跡といわずにおられない、神様のご発動と言わずにおられない。
末永先生があちらにいく時に、ほんとにここで合楽理念の確立、合楽理念がもう絶対の助かりの理念として、そしてこの理念を持って布教するならば、必ず人が助かるそれこそ言葉も分からなければ、生活様式も全然違ったそれこそ誰一人として知った人もない、しかも南米の片田舎の町に布教してです、まだ五十日余りで十人、次の日は二十人、次の日は三十人、四十人、五十人、六十人、そこまで手紙が着ております。
まだその後において、どんどん布教がでけておるだろう、御祈念の後に後を振り向かせて頂いたら、あの白、黒、黄、の人種いうならば、世界中の人種が集まっておるような感じだと言う様な、もうまあいうなら、なんと申しましょうかね、劇的なとでも申しましょうか、もうほんとにそういう話をしてもほんとと、思われないような、おかげが表れております。ほんとになるほ、上滝さんが、おかげを頂かれました。
そして新聞の中にでも語っておられるように、大変な苦労もございました。勿論神様にお縋りしての苦労でしたけれども、これをそんならこういうおかげを頂いておるその、おかげの見本というものを、こうして頂いておるのですから、かくおかげを頂きました、主人はこうやって亡くなりましたけれど、その後こんなおかげを頂いて、このように助かっておりますと言う言が、なら今の時点でいうなら。
最近言われる実意丁寧、愛の心を持って、人に伝えていくという、御取次ぎ成就信心生活運動が始まって、おるのですけれどもまだいまの時点では、いうなら人はまだ付いちゃこん、そりゃ上滝さんが利ずめがようして、まあ一生懸命働きなさって、そして子供達の出来が良かったけんでてい、と言うたらもうそれまでの事ですから、これまでのおかげは、いわゆる上滝だけのいうならばおかげ。
今日秋永先生と一緒に、そのとにかくその付いて合楽教会を見るだけ見たい、というて来ておる方がありましたが、もうとにかくあのここへ来てからまた驚いておる。話は聞いておったけれども、と言う様にですなら合楽でいま、合楽助かりの理念といわれる、合楽理念というのは、それをほんとにマスターして、行じようと言う事になったら、誰でもやれれる、火の行をせんならん、水の行を、せんならんと言う事じゃ決してない。
誰でもが助かれるその理念を、例えば今度からまあ今度からというが、こういうお祭りを堺に、そういう理念に基づいた生き方にならせて頂く所から、上滝さん一家が惟程のおかげの手本というのがここにあるのだから、それはビリグイの教会で、すさましいいろんな働き言葉は分からんでも、やはり難儀というものは外人であっても、ブラジル人であっても黒人であっても、難儀の様相というのは日本人と同じだと言っておる。
んなら周辺に難儀な人はんなら、中島なら中島の部落だけでも、沢山あるだろだからそういう人達がです、何か通じなくても、なら上滝さんのおかげを?ていかれる、いわばそういう状態にです、ついてこなければおられないほどしのものが、生まれてくるというのはこれからの信心、それもなら今までの信心というのではなくて、画期的な今合楽で言われておる合楽理念をマスターする、そして合楽理念の基づいた信心生活、しかもだれかれだけではない、家族を上げての、そういう信心になってくる時にです。
私はほんとのおかげが頂けれる。今ここでお祭り賛者を仕えられましたのは、総代さんの永瀬さんとこの長男です、当時上滝さんがいうなら、じ信心友達、総代友達であった、なら、秋永先生とこの長男もお道の教師に、お取立てを頂きました。久富先生とこの二番目んとこも、お道の教師にお取立て頂きました。光橋先生も同じんなら、ここで総代であった、北野の秋山さんの所の二番目の息子が、今学院で先生になる修行をしとります。そう言う言がね、真の道わけと言う事だと思うですね。
ほんとの道を分けていく、次から次とだから、お道の教師にならなければならんというのじゃなく、ひよっとしてなら、上滝さんがお道の教師になっとったら、なら泉さんたちでも皆、ひょっとしたら金光様の先生になっとったかも分からん、けどもこれはまあ繰言ですけれども、例えばあのおくり名を頂く時に、これが神様の願いであろう、これが御霊様のまた、願いでもあろうと思われるような、私今日あらためて、そのおくり名からそれを感じるんです。
真道分高志根大人霊神の名前、に恥じないような、言うなら是からの道がどんどん分かれていくほどしの、いうならばおかげそれにはやはり、信心が金光様のご信心が、いや合楽の信心がどういう信心かと、それこそ来て見てみると、皆が目を見張ってビックリするような、おかげの連続、又はんならここで、私が現しておる信心というものが、それこそ宗教の、新たな革命がなされる、だろううと思われるほどしの、内容を持ったのが合楽理念なんです。
しかもそれは、あの難しいことではない、ほんとに見やすう、しかも絶対の道といわれておる、その合楽理念を基にした信心生活が出来る様な、皆も一つ合楽理念とはどういう、とにかくまあ、読まれたことは読まれただろう、特集号が出ましたからね、ですからそのそれに基づいて読んだだけでは、分かっただけではなくて、信心生活の上に現して、ほんとにあの世この世を架けて、助かられる道をね。
体得してその道の体得によって、現れてくるところの、おかげお願いをして頂くと言うおかげではなくて、言うならば願わんでも頼まんでも助かっていくという、道を体得するという、これからの私は信心がそこにかけられておるように思うんです。ほんとに私は今日は有り難うして、有り難うしてたまらんと言う事は、上滝さんに何か私の真心込めたもんば、何かお供えしたいと、しかしありきたりじゃいかんけん。
なにかなにかとさあ、自分で私がものを買うと言う事をしませんから、お願いしとったら、ほんな先ほど鮎のお供えがあったんです、はあほんなこてもう、まあ私はほんとに身がずんずんするごと、有り難かったです。とても結局思いというものがね、あのいかに交流するかと言う事を、私は感じずにはおれません。これは御霊の私共との、また天地の親神様と私共との間に、交流が始まってその交流する道を辿って。
現れてくるところのおかげ、その道なしに、ただ、お願いしたから、拝んだから、助かったというおかげではなくて、其の道の基づいた、おかげがこれからは、上滝の家の上に、だけではない、上滝の周辺に、そういう働きが起って来る様な、私は願いを改めてたてなければならないと思いますね。さあ皆さん今日は、有り難うございました。
おかげを頂きました。